バーのマスターの出会いは半端ない

バー運営

私は「バーのマスター」という職業を自信を持ってお勧めします。自分で開いたバーの一人マスターならなおさらです。それは人生の充実度合いがとてつもなく凄いものになるからです。お客さんひとりひとりとの出会いによって。

どれだけの数の「親友」ができるか

1日10人のお客さんがバーに訪れます。老若男女、さまざまな人生を担いでマスターと向き合っておしゃべりします。数時間共に過ごすことを繰り返すと必然「友だち」になります。お互いに家族さえ知らないことを明かしあった「親友」になります。そんな「親友」が何人できるでしょうか。

「1日10人」のバーには300人の潜在的お客さんがいます。計算は少しややこしいのですが、例えば10年間小さなバーをやっていると少なくとも2000人のお客さんと出会うことになります。

もちろん2000人が全員親しくなれるわけではないのですが、私は少なくとも100人を超える「親友」ができました。「バーのマスターは顔が広い」と言われます。ワンオペのバーですから、お客さんほぼ全員とカウンターを挟んで向き合って話をします。そりゃあね、顔も広くなります。

さまざまな職業のひと

普通に自分が生きていて想像もしなかった職業の人たちと親しくなりました。人生は一度きりですから自らはたくさんの職業は体験できませんから「仕事」の話はすごくおもしろいです。

刑事さん、探偵(所長)さん、警察署長さんがそれぞれ別に同時期に常連さんの中にいたこともあります。私からは他のお客さんの職業を明かすことはありませんのでお互いに知らないままだったのですが。それもおもしろいでしょ?

悩める友だち

深夜パチンコ屋が終わると1杯だけ飲みに来るパチンコの打ち子の青年の苦悩を毎晩のように聞かされました。数か月通った後、さっぱり見なくなりました。ささやかな夢を持ってたから、それがかなえられてればいいなぁとよく思い出しています。

とてもウマが合ってすぐに意気投合した水商売の同世代の男性はクスリで捕まり、それきりになってしまいました。当然私はクスリのことは知らなかったのですが。う~ん友達としてなにか私にできることはあったんじゃないか?青臭くもそんなことを考えています。

旦那さんを亡くして自暴自棄になっている年配の女性。とにかく向き合うだけです。一緒に私も飲んで旦那さんの思い出話を静かに聞きます。今では立ち直って旦那さんがやってた飲食店を一人で切り盛りして奮闘しています。がんばれ!

憧れの人が現れた!

常連さんの男性と下衆な深夜の話題。「女子アナでは誰が好き?」私は真っ先に○○ちゃん!とスマホで画像を見せながら力説。毎日夕方生放送で笑顔を見せてくれる女子アナのファンでした。その下衆な話から数か月後、思いもよらぬ縁が重なり、ひょっこりその女子アナが不通にお客様としてうちに来てくれたのです。いやー、このバー開いてよかったー!もちろんお話もできましたし、それから何度か来ていただきました。

小説の登場人物になっちゃった

学校の同じクラスの女性が有名な小説家になっていました。ネットでつながりうちにも遊びに来てもらいプチ同窓会。その後、出版された小説のひと場面の舞台が私のバーで、もちろんマスター(私)のことも描写されていました。すごい!小説の中の登場人物になってしまいましたよ!

「カウンセラー」みたいな

バーのマスターはカウンセラーみたいなところもあります。マスターはお客さんの会社や家族に知られる存在ではないし、そこに立ち入りもしないので立ち位置としては絶妙なのです。具体的な悩みを打ち明けても、その内容が外に漏れることはありません。私もお客さんの心が軽くなる存在でいたいと思っているので、もちろん困られせるようなことはしません。秘密厳守です。墓場まで持っていきます。

たくさんの追体験

実社会から境界を持った場所がバーなのですから、いろんな悲喜こもごもの事情を打ち明けやすいのでしょう。必然マスターはいろいろな人生の追体験をすることになるのです。これがとてもおもしろいのです。「おもしろい」というと不謹慎かも知れませんが、小説を読むよりも当然リアルに自分の知らなかった世界が広がるのです。

「秘密なんだけど今こういう製品を開発してるんだ。」なんて話はSFの世界です。そんなことできるの?ドラえもんの世界ですねー!

警察の人のリアルな話はバイオレンスアクションもの。あるいはサスペンス。あ、私ドラマの相棒が大好きで全話観てるんですけど、そのドラマの設定との相違を聞き出したりしてました。消防署員の悲惨な経験はもうホラーです。みなさん大変だ。

固まった世界観が壊される

カミングアウトしてない性的マイノリティの人もマスターにだけは打ち明けます。真剣に私も向き合います。世間の認識はやはりずれてますね。世界観が変わりますよ。

『バーでは「宗教」や「思想」の話はご法度』というのは他にお客さんがいるときの掟であって、うちでは店内にマスターとお客さん1人がマンツーマンのときは無礼講になります。こちらも「いろんな考えがあるんですねぇ」くらいのスタンスで「右」も「左」もソウカもテンリもマヒカリも話を聞くだけです。テカザシを受けたことも何度もありますよ。もちろん入信には至らない私ですが。

みんな違ってみんな良い

バーのマスターをやると、「争わず論争せず、話をおもしろく聞くだけ」って能力が備わります。そしてどんな偏った思想を持っていようが人としては好きでいられるのです。

若い頃は嫌いだった「先生」「教師」が今はたくさんの親友の職業です。

カウンセラー、臨床心理士、医者、整体師、学者、デザイナー、芸能人、テレビ局員、トレーダー、派遣社員、単身赴任、政治家、それぞれ1人だって同じ人生ではないのです。

バーのマスターはなるべき職業ナンバー1

バーのマスターをやってよかったです。本当にたくさんの世界をリアルに感じることができました。

やはり自然と顔を見なくなるお客さんもたくさんいます。亡くなられたお客さんも何人もいます。単身赴任の人が来店されると、ついつい次の人事の辞令でお別れの日が避けられないことがよぎってしまいます。

でも今は会わないみなさんもずっと私の心の中で活き活きと生きています。笑顔で語り合ってる姿を思い出しています。

さて出会いは毎日のようにやって来ます。今宵出会う人はどんな人生を私に見せてくれるのでしょうか。

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